池田リナさんの離婚体験記
あの離婚は正解だったのだろうかー。
離婚してから5年経った今も、時折ふとそんな問いがよぎる。それは私の人生において、もっとも迷い悩んだあげく決意したことだった。当時31歳。結婚生活はわずか4年で、私にはまだ2歳の息子がいた。子供のことや今後の生活のことを考えると、「これでいいのだろうか」「自分は間違っているのではないか」と何度も思ったが、その頃の私はとにかく夫と離れたい、環境を変えてすべてをやり直したいという一心だったのだ。
「一生この人と添い遂げよう」一度はそう誓ったにもかかわらず、私たちの結婚生活は早い段階で亀裂が生じ、立ち行かなくなってしまった。結婚当初、夫はそれまで勤めていた大手商社を辞め、いくつかの会社を経営する立場となった。国内外を飛び回り、重責に耐えながら休日も返上で働く毎日。当然、私には想像できないほどのプレッシャーもあっただろう。
そんな時、第一子が生まれた。両親とは長年離れて暮らしていたため、周りに頼れる人はいない。仕事が多忙を極めていた夫は帰宅も遅くなる日が多く、私は慣れない育児に奮闘しながら孤独と闘う日々が続いた。こういう時に、お互いを思いやり尊重し、助け合うことができたら、夫婦仲もそこまで冷えきらずに済んだのだろう。夫に感謝や愛情を表す言葉の一つでもかけていれば、もう少し分かり合えるこができたかもしれない。だが、私たちには互いに歩み寄ろうとする姿勢が欠如していた。夫は仕事に、私は家事育児に追われるなかで次第に余裕を失って喧嘩が耐えなくなり、夫は私に暴力を振るうようになった。
「このまま夫と一緒にいたら、私は病気になってしまう…」
ついに我慢の限界に達した私は、息子を連れて実家に帰ることにした。別居を続けてしばらくすると、私も精神的にだいぶ落ち着き、冷静に自分と向き合えるようになった。生まれ育った場所で、困った時にはいつでもサポートしてくれる両親がいるという環境は、本当にありがたいものだった。
夫は何度か実家にやって来て「もう一度やり直そう」と言ったが、私の心は動かなかった。私が暴力を振るったことを責めると、夫は謝罪するどころか「お前が俺をそうさせた」と言い放った。そんなことを言う人と、また関係を修復することなど無理に決まっている。この一言が決め手となって、私はついに離婚を決意した。
最初は夫もなかなか承諾してくれなかった。「まともに働いたこともない女が、この先自立できるわけがない。どうせ経済力のある自分のところへ戻ってくるに決まっている。」と高をくくっていたのか、それともプライドが邪魔をして謝れなかったのだろうか。交渉は難航したが、一向に態度を変えない私の様子を見て観念したのか、最終的には夫も納得してくれた。
だが、この離婚は世間的に見れば「経営者の妻から無職のシングルマザーへの転落」であり、私はすぐに職を探さなければいけなかった。夫がいれば、息子には何不自由なく高い教育を受けさせてやることができ、将来かかるお金の面で心配することもないだろう。離婚に際して私がいちばん迷っていた点はそこだった。だが、家庭を顧みない暴力夫の存在が、子供に良い影響を与えるはずがない。自分で決意した以上、後悔している暇はなかった。それに親権を奪われる心配もあった。
「一刻も早く仕事を見つけなくては」
とハローワークへ向かったが、今まで定職に就いたこともないシングルマザーを雇ってくれる職場はなかった。幼い子供との時間を大切にしたかったため土日休みを希望すると、可能性はさらに狭まる。子育てという責任ある任務を負っている点では同じなのに、シングルであるだけで不利になるのはおかしいのでないか…と不満が募ることもあったが、そんな不平を言っている場合ではないほど切羽詰まっていた。
「このままでは親子ともども生活できなくなってしまう…」
途方に暮れていた時、偶然にも知人から教員募集の話が届く。私は中学高校の英語の教員免許を持っており、結婚前は非常勤として勤めていたことがあったのだ。「非常勤なら、無理のない範囲で働けるかもしれない」私は早速、紹介された学校に履歴書を送り、面接を受けに行った。幸い、非常勤としての経験を買われ、すぐに働き始めることができた。幼い子供を保育園に預けながら、仕事とワンオペ育児を両立することは、体力的にも精神的にもきついもので、「もう限界だ…」と心が折れそうになったのは一度や二度ではない。
しかし、それでも頑張って続けるうち、信頼できる同僚の仲間や何でも相談できるママ友達ができ始め、私にとって大きな支えとなった。その中には私と似たような立場の人もいらっしゃり、私はその時初めて、「大変なのは自分だけではない。もっと周りに頼ったり助けを求めたりしてもいいのだ」と気づくことができた。今までは、「なぜ自分だけがこんな目に遭わなければならないのか」「いつになったら報われるのだろう」と、自分自身に対する関心ばかりが濃くなっていた。けれども、今でも仕事と子育てをなんとか両立できているのは、彼ら彼女たちの理解と好意のおかげである。
こうして、様々な人とのつながりができたことで、私自身の価値観や考え方も広がったように思う。離婚して仕事をしたことで、多くの生徒や職場の仲間に出会え、そこから貴重な学びや発見、気づきを得て成長することができた。この経験は自分にとってかけがえのない財産になっている。
シングルマザーになることは「転落」と思っていたが、離婚したことは一つの手段に過ぎず、過去の自分は「シングルマザーであることを世間からどう見られるか」ということばかり気にしていたのだと思う。離婚によって経済的に恵まれた環境を手放したのは確かだが、それは最善だと自分が信じて選択したことであり、そうしたからには後悔しないように努力するしかないのだ。
「離婚は正解だったのか?」
今そう問われれば、自信を持って「そうだ」と言うことはまだできない。「正解だと思えるように頑張っている」というのが正直なところだ。もし今、離婚すべきか悩んでいる人、離婚した後の生き方で迷っている人がいたら、ぜひ伝えたい。どんなことでも自分で選び決めた以上、前を向いて進むしかないのだ。そして自分の選択に責任を持ち、辛くても諦めずに頑張っていれば、応援してくれる人や力になってくれる人が必ず現れ、道が開けてくる。その時は辛く苦しくても、あとから振り返れば「あの経験が役に立った」「辛かったけれど、だからこそ強くなれた」と思う時が、いつかきっとやって来る。
30代も後半にさしかかった今でも、悩みや不安は尽きない。これからも非常勤として仕事を続けていくのか?息子の将来はどうするのか?子供が独り立ちしたら自分はどんな人生を歩むのか…。これから先も様々な場面で選択を迫られ、決断しなければならない時がくるだろう。
それでも私は、堂々と自分自身を振り返られるように生きていきたい。