罪の十字架を降ろすこと。 -さくらさくさんの離婚体験記

私の離婚体験記は、離婚と言うより結果的に死別になると思う。
が、しかし夫と死別することになるのは離婚する話を進めている真っただ中だったからだ。
本来、夫が生きていれば離婚していたはずなのである。

それが、離婚する相手が別れる手続きをしないまま、勝手にあの世に逃げてしまったのだ。
置いていかれた私は数年間、幼い息子を抱えて途方に暮れていたことを記憶している。
死別した夫は、出会ったころは豪快であり、優しかった。それが「男らしさ」という魅力にひかれ結婚したのであるが、結婚してから彼は変わった。
仕事帰りのパチンコやギャンブル。わたしが惹かれた「男らしさ」であった豪快さはギャンブルにはまるお金の使い方にも比例するものであった。

ひっ迫する家計、子供も生まれ、先を心配し「ギャンブルに行かないでほしい」「お金をあまり使わないでほしい」と話すると、いつもは優しい夫は豹変し、わたしに暴言を吐き、挙句の果ては、暴力も振るうこともあった。が、暴力を振るった後は、我に返ったのか、急に優しくなる。「ちゃんと働いて稼いでいるし、最近はパチンコも控えているのに、お前がお金、お金とめんどくさいことを言うからだ。俺を信頼していないからだ」
つまり、夫を信頼せずに、疑いをかける私に問題があるのだ。という理由でなだめてくるのだ。「怒らせてしまったのは、わたしのせいだ」殴られたあとは、お金の話をした自分が悪いのだと逆に自分を責めた。所謂、典型的なDV夫であり、私はDV被害者であったのである。
それに気づかず、数年は家計のひっ迫と暴力は続く。今、思い返すとギャンブルで負けた日は機嫌が悪く、怖くてお金の話もできなくなっていた。

息子が5歳ぐらいの時だろうか、機嫌の悪い日がいつもよりも多くなってきたことをきっかけに、私が精神的にも辛くなり、夫の友人の奥さんに相談をすると、夫はかなり借金があるという話になった。私と夫でお金の話をすると、また暴力を振るわれることが想像できる。
夫と夫の両親は不仲で距離を置いていたが、勇気を出して夫の両親に話をすると、若い時から両親にギャンブルの借金を立て替えていたことがわかった。夫と両親が疎遠なのは夫が両親からの借金を返せない状況だから逃げていることがよく理解できた。
勇気を出して、子供のためにもこのままではいけない。決意をしギャンブルの借金の話を夫に切り出す。最初は怒って私の口をふさごうと、また暴力を振るいそうになったが真正面から向き合う私に、正直な話をしてきた。

「3,000万ほど借金がある」

想像を超えた額であった。夫の話を聞くとギャンブルを続けていたことは認めるが、ギャンブル友達の借金の連帯保証人になり、相手が逃げてしまい、その友達の借金までかぶり借金の自転車操業で首がまわらない。
「これからは、ギャンブル辞めて真面目に借金返していくから。それか親戚にお金借りてカード会社の方は精算するから」
と夫は言うが、これまでの「俺を信頼していない」という私の疑いを暴力で押さえつけかりそめの信頼をさせられていたことに愕然とした。

こうして、夫は両親や私を騙し続けてきたのだ。暴力という恐れを与えながら。
逆に夫も借金という恐れを抱えていたのだろう。恐れを抱えている人は人に恐れを与える。
その連鎖を断ち切らなければならないと思い。
「一度、離婚して借金を返し終わったら、また再婚すればいいのでは?」
という提案をし、私は荷物をまとめて息子と実家に身を寄せた。

それが許せなかったのだろうか、数日後、夫は命を粗末にした。生きていれば、できることはたくさんあったのに。そして、わたしは離婚を突き付け、それが原因で夫が自殺をしたという罪に十字架を背負わせられることになる。夫の借金は、生命保険で何とか支払うことができた。あとは、残された息子を、この十字架を背負いながら育てていくことだった。

・・・2か月後、届いたハガキ。宛名は亡くなった夫。そして差出人は、看板をあげていないカード会社ではなく、おそらく闇金だと思われる会社からの500万の請求書。
まだ、借金があったのだ。死してもまだ、私の信頼を裏切り続ける夫に私の中では離婚させてほしかった、としか言いようがない。

あれから20年。必死で生きてきた。働いて、息子を育てて。
公園やファミレスで夫婦と子供での姿を見るのもつらい時もあった。息子にお父さんがいない家庭を経験させてしまったことも申し訳ないと思うこともあった。
何があっても「生きていれば」死んでしまうと何もできない。昨年、成人した息子には、父親の話をした。何があっても「生きていれば」。命を粗末しないでほしい。それが、私の子育てだった。辛いことも、後ろ指を刺されることもあったと思うが、時に、周りにはよき理解者もいたし、友人のサポートもあった。

罪の十字架は時に「生きたくない」になる。

離婚するはずだった自殺した夫は、自分の「罪の十字架」に耐えられなくなったのであろう。
私はある時、それに気づいた。罪の十字架は自分で降ろそう。なぜなら、生きて息子という命を育てていかなくてはならないのだから。だから、罪の十字架は降ろして、人に頼るということもしながら生活をしてきた。私たちは、周りから生かされているという気づきにもなった。自分だけで、何とか生きようとするのは無理に近い。それこそ「生きるため」に周囲のサポートに頼りながら今日まで来たと思う。

今現在、息子が成人し社会人となった。真面目に働いて、彼女もできたようで安心をしている。そんな成長した息子の姿を見て「生きててよかった」と心から思える日々です。