後悔の先にあるもの -どむさんの離婚体験記

40代後半、独り身。この言葉が、今の私の現実を端的に表している。2年前、私は10年近く連れ添った妻と離婚した。結婚したのは38歳、子供が生まれたのは42歳と、世間一般から見れば少し遅い方かもしれない。だからこそ、子供が生まれた時の喜びは格別。小さな体で一生懸命生きようとするその姿は、私にとってかけがえのない宝物だった。

しかし、幸せな時間は長くは続かなかった。子供が生まれてからというもの、妻は子供中心の生活へとシフトしていった。それは、母親としての自然な感情であり、責められるべきものではないのかもしれない。だが、私に向けられる視線は徐々に冷たくなり、会話も減っていく。子供のことばかりを気にかける妻の姿を見ていると、自分がまるで蚊帳の外に置かれたような、寂しさを感じるようになった。

「稼ぎが悪い」「甲斐性がない」「将来が見えない」

妻の口から漏れる言葉は、私の心を少しずつ、だが確実に傷つけ、蝕んでいった。まるで、私が男として、夫として、父親として、どれも不適格であると宣告されていると感じたのだ。妻の言葉は、ナイフのように私の心を抉り、積もり積もった感情は、ある時私の中で爆発してしまった。

衝動的に家を出たが、頭を冷やし、妻と向き合い関係を修復しようと考えた。数日後、意を決して自宅に戻ったが、そこに妻と子供の姿はもうなかった。全てが消えていたのだ。
数ヶ月が経ったある日、一通の手紙が届く。それは、離婚届だった。その手紙には、「あなたと話し合うつもりはない」と、はっきり書かれていた。「今後のやり取りは全て弁護士を通して行う」という、冷たく無機質な言葉が、私の心に深く、深く突き刺さる。
私は、親権だけは譲りたくなかった。たった一つの希望、私と子供を繋ぐ最後の絆だと信じていたからだ。しかし、妻は頑なに拒んだ。弁護士を立てての離婚調停は、泥沼という言葉以外思いつかない。時間と精神力、そして金を奪われ、無限に続くやり取りに私は疲弊していった。重箱の隅をつつくように相手をなじる。それをお互いが繰り返すのだ。怒り、悲しみ、失望がこみ上げてくる。このやり取りの先にきっと本当の勝者はいない。結局、私は親権を妻に譲るという結論を出した。私に残されたのは月に一度、子供に会える権利だけだ。

離婚という辛く苦しいイベントを、良い思い出にできるほどまだ時間は経っていない。心の傷は癒えることなく、時折疼き出す。あの時、どうすればよかったのだろうか?家を飛び出さなければ良かったのだろうか?妻との関係を、もっと上手く構築できたのではないだろうか?

可能性は無限にあるが、時間を巻き戻し、別の選択肢を選ぶことは決してできない。

今更妻との関係を修復したいとは思わないし、その気持ちもない。憎しみでも未練でもなく、今はただ遠い存在だ。しかし、子供への想いは、今でも1ミリも変わらない。あの子だけは、幸せに育って欲しいし、そのために出来ることは今後もやっていきたい。

この経験を通じて、私は強制的に自分と向き合わざるを得なかった。妻の言葉は、私の心を抉り続けたが、私の努力も足りなかったのだろう。結婚生活は、お互いの努力と歩み寄りが不可欠だが、日々の仕事のストレスを言い訳に、妻の気持ちをないがしろにしてきたツケは大きかった。

後悔先に立たず、である。人は、失敗を通して学ぶ生き物だ。この失敗を無駄にしないことが、私の人生のターニングポイントになると思っている。

まずは私自身が幸せになることを目指そうと思う。

そして、子供との関係も大切にしたい。月に一度の面会は、私にとってかけがえのない時間だ。子供が成長する姿を見守り、父親として出来ることを精一杯やっていきたい。
いつか、子供が大きくなった時、私のような人生を歩んで欲しくはない。私の失敗を教訓に、幸せな家庭を築いて欲しいと心から願っている。