小さな光 -カレリアさんの離婚体験記
以前の夫は、誰が見ても「まじめ」で「堅実」な人間だった。大学を出て、世間が言う一流企業に就職し、同世代の中では優等生的な存在でもあった。結婚当初は自慢でしかない夫だったが、結婚して数年が経つうちに、どこか落ち着きを失っていることに気づきだした。まさか彼が投資で人生を狂わせることになるとは。最初は「副業感覚でやってみるよ」という軽い気持ちだったようだが、みるみるめり込み、話の大半が投資のことになっていった。私が心配になって「あまりのめりこみ過ぎない方が良いと思う。」と話しても、夫は「大丈夫。投資はすごく上手くいってるし、そもそもしっかりリスクヘッジしてあるから」「このまま続ければ、億ションに住める」と、自信満々だった。
けれどもそれは幻想だった。運良く大きく儲かることもあったようだが、それが逆回転を始める。結局、夫は大きな失敗を重ね、また取り戻すためにさらに無謀なリスクを取るように。その悪循環に飲み込まれ、気づけば我が家の貯金が全て消え去っていた。私が「もう辞めて」と言った時には、どうにもならない額まで借金が膨れ上がっていた。
もちろん、投資に失敗したからといってすぐに夫を見限るわけではない。これまで築き上げてきた絆や愛情があったし、正直なところ離婚は考えていなかった。それよりも、「これからどうやり直せばいいのか?」という不安が大きかった。何より、あのまじめだった夫が意気消沈し、意欲も気力も失っていく姿が痛ましくて。何とか励まそうと、私なりに奔走した時期もあった。
けれど、家庭の状況は一向に好転しなかった。夫は会社を辞め、職を転々とするようになった。挙句の果てには就職活動すら辞め、一日中ぼんやりテレビを観たり、スマホを眺めたりするだけの日々を過ごすようになったのだ。夫にはやり直す意志がまるでないように見えた。元気づけようと言葉をかけても、「わかったわかった」とうつろに返される。何度となく喧嘩になったが、むしろ夫の閉ざされた心の扉を一層固くするだけで、何の改善にもつながらなかった。
ちょうど二年前の春。子どもが小学校に入学する節目を迎える時期だった。真新しいランドセルを背負ってはしゃぐわが子に、こんなぐちゃぐちゃな家庭環境を見せ続けていいのか、どうしても自問せずにはいられなかった。夫を見捨てるようで後ろめたい気持ちはあった。けれど、このままで私も子どもも幸せになれるのか──そう考え続けた末、離婚しようという決意が固まった。
離婚に際して慰謝料を求めることも考えた。しかし、投資で財産をほとんど溶かしてしまい、まともに働いていない夫には払う力がない。弁護士に相談しても、ほとんど期待できないと言われた。結局、私は家も財産も、ほぼ何もかもを捨てるようにして子どもを連れて家を出た。新たに見つけた安アパートで、子どもと二人で暮らし始めることになったのだ。
当然、家計は厳しかった。私は離婚前から正社員として働いていた会社を続けていたが、夫がいなくなった今、生活費も教育費もすべて一人で賄わなければならない。借金こそ抱えていなかったが、とにかく収入が足りない。そこで私は、昼の会社勤めに加えて、夜もアルバイトを始めた。もともとあまり体力はあるほうではなかったが、「やるしかない」という思いで深夜シフトを入れ、できる仕事は何でも引き受けている。
幸いなことに、子どもは健康だったし、少しずつ学校にも慣れていった。だが、私が夜勤の仕事へ出るたびに子どもの寝顔を置いていくのは、とても後ろ髪を引かれる思いだった。「お母さん、どこ行くの?」と、初めは泣き出しそうな声で尋ねてきたこともあった。「お仕事に行ってくるね。朝には帰ってくるから。」と告げるたびに、どうしようもない罪悪感と、これで本当にいいのだろうかという不安が胸を締め付けた。
会社の同僚や、夜のバイト先で出会った人たちの温かい言葉は、心の支えだ。特に夜の仕事は大変だったが、それでもそこで知り合った人たちの中には、同じようにシングルマザーとして頑張る仲間や、人生の酸いも甘いも経験してきた先輩たちがいて、アドバイスをくれたり、愚痴を聞いてくれたりした。
ただ、この生活をずっと続けるのは心身共に負担が大きい。いつかは夜の仕事を辞めて、昼の仕事だけで子どもを安心して育てられる環境を整えたい。そのためには、もう少し収入を上げるか、キャリアアップを図る必要がある。最近の休日は、資格試験のための勉強をするため、子どもと一緒に図書館で過ごすことが多い。
時折、元夫のことを思い出す。もしあの人が今も同じ町で暮らしているなら、もしかしたらどこかですれ違っているかもしれない。離婚をきっかけに再起してくれれば良いのだがとも思う。ただそれよりも、子どもの未来を支えることのほうが大切だ。
あの頃のまじめな夫を思い返すと、本当に一瞬で人生は変わってしまうものなのだと痛感する。人生で大事なのは成功することではない。失敗した時に、どう立ち上がるかだ。結婚生活は私にこの人生で一番大切な教訓を教えてくれた。
離婚から二年。決して楽な道ではないし、今も苦労は絶えない。それでも私は、自分が選んだ道を間違いだとは思わない。どんなにつらくても、自分と子どもを守るために決めたことだから。この先に待っている光を信じて、一歩ずつ前へ進むだけだ。たとえ小さな光でも、私たちの足元を照らしてくれるはず。そう信じて子どもと二人で歩み続けよう。