こんな離婚の話。 -キャリーさんの離婚体験記
私は25歳で授かり婚をした。
離婚までの道のりはとてもコンパクトで、トータル約1年半、事件は3回。
第1の事件は妊娠中。事の発端はクレジットカード。
夫名義で新規のクレジットカードを作ろうと申請したところ、審査が通らなかった。
いわゆる「ブラックリスト」的なものに入っていたんだと思う。
その理由に心当たりがないのか、とりあえず夫に聞いてはみるものの、
真実を語るわけもなく。若かった私はあまり深く考えもせず、いったん受け流した。
しばらくして、何気なく夫のカバンを片付けていると、某消費者金融のレシートを発見した。
瞬間的に思考が止まる。脳内パニック。金額は驚きの3桁。は?
家族を持った男がいったい何をしているんだろうか。
もし取り立てとかきて、Jrに危険が及んだらどうするつもりなんだろうか。
驚き、怒り、悲しみ、色んな感情が津波のように襲ってきて、完全に吞み込まれる私。
即座に義母に電話して、グチャグチャに取り乱しながら経緯を説明し、
そのような夫の顔を見るのは嫌すぎるから、一旦夫を返却させてもらいますと宣言した。
義母は了承してくれたものの、なぜか私にとどめを刺してきた。
「え?また?あの子、独身時代にも借金していて、私たちが返済したんだけどまたやった?」と。
マジか。いやいや、「また」とか知らんし。しかもなぜ、自分で返済させなかったのか。
借りたお金たちの行先はというと、独身時代は主に車、その時は主にギャンブル。
フォローのしようがない、私利私欲まみれ。どうかしてる。
でも、恋人時代から、彼の本質を何も見ていなかった私自身もどうかしていた。
数日後「もう二度としない」という夫からのテンプレ謝罪と土下座、さらに義両親からも謝罪を受けた。いい歳してもうすぐ父親になろうという人が親に何させてんの。
私も私でいきなり離婚する勇気もなく、嫌悪感を抱いたまましぶしぶ再構築が決定。
その代わりと言ってはなんだけど、夫には手作りの念書を書いてもらった。
サインの下にはそれっぽく拇印も押してもらった。
法的効力がないことは知っていたけど、私の気が済まなかったし、
現実は公正証書を作るお金すら厳しかったからやむを得ずの手作り。
本能だけで生き、そういった類いのことには無知な夫だったので、それでも十分戒めになり得たから良しとした。
借金はまたもや義両親が代わりに返済した。同情もするけど、彼のためにはならない。
自分で返済したことがないから、痛い目見ていないから、簡単に繰り返すんだと思う。
でも、自分勝手で私利私欲まみれの借金なんざ、私は絶対一緒に返したくない。
生きた使い方なら全力で支えようとも思うけれど、こんなの到底受け入れられない。
だからお義母さん、ありがとう。
これだけの嫌悪感を抱いたのには、それなりに理由があった。
結婚後、切迫早産の気があった私は仕事を辞めていて、
夫は仕事は真面目にしていたものの、1馬力での生活はかなり苦しかった。
シングルでJrを育てている今のほうがまだ余裕があるくらいに。
でも、それではストレス過多で息がつまるだろうと、
月に1度だけ、なけ無しの1万円を夫に渡しパチンコDAYを作っていた。
夫は毎回閉店まで帰っては来ない。さすがに1万円で1日もつわけがないことは気が付いていたけど、私も私でいい妻風な自分に酔っていたのかも。
だから借金も許せないが、それ以上に夫への気持ちを裏切られたことへの拒絶感のほうが大きかった。だって好きだったから。
第2の事件は臨月間近。
第1の事件以来、私は抜き打ちでケータイパトロールに繰り出すヤバい妻になっていた。
独身時代には自分がそんなことするようになるだなんて夢にも思わなかったけど、
信用を失う行動をすると周りがこうなってしまうのは仕方ないよね。
自分で自分の居場所を窮屈にするんだよ。
そして見つけるべくして見つけた。本当、ケータイなんてモノは見てもロクなことはない。
相手はおそらく夜の仕事の女の子。夫は名前も職業も恥ずかしいくらい偽っていて、
明らかな体の関係を表す写真とメール。あぁ気持ちが悪い。せめて正々堂々自分で勝負しろ。
私の場合、女の子に対する怒りや関心は皆無で、負の感情は夫に全集中していた。
当時はガラケーで真っ二つに折りかけたが、証拠がなくなるとマズいと思いグッと耐えた。
もう夜は遅く、夫は入浴中。臨月間近、お腹が張りやすくできるだけ安静にと言われていたけど、自分をコントロールできずにパジャマのままで家出した。
今から思うと、身重の私がわざわざリスクを冒して家出しなくたって、呑気に入浴していた夫を追い出せばよかったな。
1時間ほど泣きながら運転して、夜中に友人宅のピンポンを連打。迷惑極まりないんですけど。
でもこの時はそんなことすら考える余裕が私にはなかった。翌日、案の定、過呼吸になった私を、友人から連絡をうけた実母が迎えに来た。どうしたって夫の元へ帰りたくなかったので、それからしばらくは姉のアパートに居候させてもらった。お互いの家族も友人も巻き込みまくりの夫婦。この結婚、誰得だったんだろうか。
時期を見計らって、頭を丸めた夫がまたもや義母とともに謝罪にやって来た。
頭丸めるて、昭和か。
2回目の謝罪だから変化をつけてきたんだろうけど、坊主に何ら意味を見い出せない。
見た目じゃなく、中身に変化をつけてこい。
しかも、自らの不貞を母親に一緒に謝ってもらうってどうなのよ。
それでも再々構築することにしたのは、紙切れ1枚の「結婚」という契約のせいだと思う。
第3の事件はJr誕生後。
出産は立ち合い。夫の希望。彼はなぜ希望したんだろうか。
色々あったけど、育児にはかなり協力的で、Jrのこともすごく大事にしていたから、
あ、これならちゃんと家族としてやっていけるかもと思い始めていた矢先。
期待するんじゃなかったー。人は簡単には変わらない。変われない。もう嫌。無理だ。
金額こそ違えど第1の事件と全く同じことが起きた。
笑えるくらいそっくりそのまま、全く同じことが。
2度あることは3度ある。本当にそう。
それでも3度目の正直ともいう。コピペした夫によくそう思えたな。
また家族としてリスタートできる可能性を残しつつ、でも自分の精神衛生面も考慮して、
今度は物理的に距離をとる別居をすることにした。
その間も3人で出かけたり、コミュニケーションはとるようにしていて、なんだかんだで半年が過ぎた。
ずっと葛藤はあったし、自分の答えに自信もなかったけれど、どうしたって消えることのない、夫に対する不安感と猜疑心。そんな気持ちを抱き続けることに疲れたし、常にそのような負の感情に振り回される自分が嫌になった。だからJrが歩き始めた頃、離婚することを決めた。
離婚直前、夫は私の母に「もっと(私に)優しくしてもらいたかった」と漏らしたらしい。
当時はまてまて。どの口が言ってんの?と思ったけど、
今は離婚に100:0はないと思えるようになった。経験値が上がったから思うこと。
トリガーは相手でも、トリガーのトリガーは自分かもしれない。
それをふまえても、私の場合、離婚以外の選択肢は見当たらなかったし後悔もしていないけど、
夫婦というのは、「血の繋がりのない2人が家族になるということ」を、ちゃんと理解できていなかったなと、いまだに反省することは多々ある。
後日談。
離婚後1年半くらいで元夫は再婚。それに伴い養育費の減額を要請してきた。
よく「怒りでワナワナ震える」っていう表現を耳にするけど、
本当に怒ると、本当にワナワナして、本当に震える。
結果的には今まできちんと養育費はいただいているので感謝はしているが、
この時は、あまりの自己中さにワナワナ震えた。
でも、実は養育費の支払いを続けてくれているのは義母なのでは?と思っている。
なぜなら彼に支払い能力があるとは思えないから。
せめて父親としてのプライドはあって欲しいと願いはするけど、本心は支払ってくれさえすれば誰でもいい。Jrの成長は待ってはくれないので、キレイごとではやっていけない。
Jrは父親を全く覚えてはいない。離婚後1度も会っていない。それはいつかの手作りの念書に書かれていたから。ただ、アルバムはいつでも見られるようにしていたので、写真では知っているし、幼少の頃から、父親について聞かれたことには、すべてありのままを伝えてきた。
高校生になった今、本人が会いたいのであれば会えばいいよと言ってある。男の子だし、いつかは自分のルーツを知りたいだろう。
定期的に金銭的に病むことはあるけれど、すべてがレベルアップのための経験値だと思って過ごしているし、子育ての終わりが見えたてきた今、今後の自分の人生もなにも諦めてはいない。