赤裸々告白!私の結婚生活。(ありのままをお話しします・・) -ayuso-poさんの離婚体験記
29歳で、2人の娘を連れて離婚をしました。
専門学生(2年生)の時に1つ年上の元夫と出会いました。元夫は女性経験が0に等しく、不器用ながら純粋に私を大切にしてくれました。更に頭が良く、大学に通い公務員を目指している事から、人としても、将来の事を考えても「この人なら、幸せな家庭を築ける」と思えました。私は、育ってきた家庭環境に少々問題があり、温かい家庭に憧れていた事と同時に『居場所』が欲しかった。結婚式をしたくない事もあって、子どもを作って23歳の時に入籍しました。
元夫は、公務員試験に落ち、ガソリンスタンドに就職。その2年後に入籍となるのですが、その4年後、最初の事件はこのスタンドでした。お客様の車から7千円が消えた。元夫は「俺のせいにされた」と無実を訴えますが、大事にしない代わりに自主退職をする事になりました。酷く落ち込む姿に疑う余地は無く、次への一歩を歩み始めました。ただこれが、どん底の始まりでした。
次の職場でも、また盗難問題。元夫が帰宅して間もなく突然インターフォンが鳴りました。元夫は人が来る事を想定していたのかもしれません。珍しく進んで応対。わざわざ外へ出て話している事に不安が過りました。来訪者は職場の先輩との事。売上金が合わず、何か知らないか?と確認に来たとの事でした。ここでも「俺はやっていないと」言っていたのに、結局はお金を盗んでいたのです。「数百円、誤魔化した」と言っていましたが、今思えば一発でクビなのだから、本当はもっと取っていたのかもしれません。
この時点で、私も働きに出る等、動くべきだったのですが「この人が悪いのに、娘を預けて働くのは悔しい・・」そんな変な意地が芽生えていました。
幸いにも元夫は次の職が見つかり、小さな会社ですが上司にも恵まれ、真面目に働いてくれました。3年は過ぎたでしょうか、2人目も産まれて、穏やかに日々を過ごしていたのですが・・14時頃、突然知らない番号からの着信がありました。そして末尾が110である事にもすぐ気が付きました。嫌な予感。この場合、事故を想像するのが普通かもしれませんが、私の場合は違った。そして予感的中。万引き。おにぎりや総菜。金額にして千円もいかない。お金はあった。ただ「使うのがもったいなかった」と・・。仕事中であった事もあり、職場にも報告。3度目のクビです。この間、お金に余裕が無いはずなのに、私が欲しがった単行本を数冊まとめて持って帰って来たり、上の子が好きだったカードをまとめて持って帰ってきた事がありました。元夫は「中古屋で買った」と言っていましたが、正直、不信感を持っていました。でも、疑いたくない。信じていたのですが・・今となっては真相はわかりません。ただ、また万引きで捕まります。
ある日、家族でショッピングセンターに出掛けました。この時には、元夫から目を離さない様にしていたのですが、私にも息抜きは必要。暫く別行動をした後、合流し駐車場へ向いました。店内を出た直後「お兄さん」と誰かが声を掛けてきました。私服の中年男女が近づいてきました。男性は元夫に近付き何やら伝え、そのまま二人は店内に戻って行きました。状況が解らず男性2人の背中を見つめる私に女性が小声で「万引きです」と教えてくれました。2人の子を連れ逃げる様に車内に駆け込んだ。『別行動、しなければ良かった・・』どうして良いか解らず、もう私にはどうする事も出来ず。助けて欲しくて義母に泣きながら電話を掛けた。驚きながら義母は「ちゃんと言っておくからね、ごめんね、もうやらない様、ちゃんと言うからね」と言った。この言葉に落胆した。「ちゃんと言うからね」?小学生相手じゃないぞ?
『あぁそうだ。根本的な問題はここだ。溺愛されて育った元夫。叱られた後は、必ずゲームソフトを買って貰ってたって言ってたな。仕事をクビになっても、怒りはするが数十万の生活費をくれたな。それが私には苦痛だったが、この家族には当たり前。物、金を与える、与えられる事が愛情なんだ。ほら。今回あいつが盗んだのも、やっぱり我が子が欲しがった玩具だ。そんな盗んだ物を貰っても嬉しくない。でも、そうしてでも与えなきゃ、愛情表現が出来ない人なんだ。』
何度も離婚を考えました。勿論、友人達も離婚を勧める。ただ一人「悩む内は離婚するべき時期じゃないのかもね」と言った。万引き常習犯かもしれない。それでもまだ、離婚に【悩む】私が居ました。私にも責任はある。ずっと元夫だけ働かせていた。何より、離婚しても帰る場所が無い。子ども達が可哀想・・・・。どん底家族を再建させる為に、遂に私も働きに出ますが、元夫はバイト生活。言ってもきちんとした就職先を探さない。こんな人間を雇う場所がないのかも?違う、『どこでも良いから家族の為に働こう』その意思が無かった。ギスギスした時間が増える。言い過ぎは良くない。わかっていても、私も極限状態で生きていた。彼がもう一度頑張ろうと思える時を待つ余裕なんてありませんでした。
元夫は携帯ばかり見る様になりました。唯一の逃げ場所となっていたのでしょう。少し前までは「嫁に携帯を見せれない旦那は悪さをしてるからだろ。俺は全然平気」なんて言っていたのに、私が携帯を覗くことをあからさまに嫌がる様になりました。でも・・・誰かが言ってた。旦那の携帯なんて見るもんじゃないって。本当にそう。元夫の携帯には「生まれ変わったら一緒になろう」と愛の言葉が誰かに向けて送信されていました。泣き叫ぶ次女を無理やり保育園に託して仕事へ行き、家に帰れば携帯しか見ない旦那への怒りを堪えながら子ども達を笑わせる。『私、何やってるんだろう』。家族に不安を与え、挙句の果てに会った事も見た事も無い女性(今となっては相手が本当に女性かもわからない)と来世を誓い合うような男になんで振り回されなきゃいけないんだ?
「出ていけっ」翌日、本当に元夫は出て行った。でも、次女も居ない。義母に電話をする「次女は?次女もそこに居るの?」すると義母「あんたが息子を追い出したんでしょっ」と切れる。何も知らない。その時、プチッって音がして、スーッと心が軽くなった気がしました。
『もう、頑張るのやーめた』
離婚は、噂で聞いていた通り疲れました。色々と手続きもありましたから。でも、それ以上に凄く楽しかった。もう一生懸命に笑う必要が無い。自然と笑える事が嬉しかった。頼れる身内が近くに居なかった私は、離婚後も度々元夫と会い、時には子守りもお願いしました。(地域の子育てサポートも利用)ただ、離婚し10年以上経っても、やっぱり元夫はダメ人間である事を度々痛感。子ども達も大きくなったので、私は完全に会う事は止め、子ども達は月に一度一緒にお出掛けをし、服などを買って貰っています。こちらからは『都合の良いおじさん』に見えるのだけれど、元夫にとっては、それが最上級の愛情表現なのだから、互いに良い関係なのでしょう。
正直、辛い結婚生活の中で、一度、本気で死ぬ事を考えた事がある。確か、万引きGメンの後。『3人で心中?ダメだ。子ども達は生きていたら幸せになれるかもしれない』『私一人で死のう。ダメだ。私が死んだら元夫の実家に行って、子ども達もダメ人間になってしまう』『お姉ちゃん。独身だけど子どもは欲しいと言ってた。遺書を書いてお姉ちゃんに引き取ってもらおう』『でも、どうやって死ぬの?子ども達には見せたくないな。どこか遠くでしななきゃ・・』等と、真剣に考えました。死ぬ為にも準備が必要なんですよね。でも結局、考えていると余計に疲れるし、子ども達とは離れたくないし。今となっては死ねないくらい疲れてて良かった。と思います。自分ではどうする事も出来ず、助けてくれる人も居ない。逃げる場所も無い。だから我慢。だから死ぬ。は間違いで、何より、黙って消えるのは悔しい。どうせ死ぬのなら、アイツを殴ってからにしよう。なんてちょっと野望も持ってた笑
離婚してから、出会った人々は皆、親切で、気が付けば子ども達には【第二の実家】まで出来ていました。お金が無くても、子どもは育つ。笑顔はお金じゃ買えないし。でも、心から笑える様になったら、お金も、助けてくれる人も、必ずやって来る!そしてこの苦労も笑いのネタになる!!生きてて良かった。